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漱石の挑戦的な短編幻想譚「夢十夜」 [本]

漱石が紡ぐ、どこか繋がっている不思議な夢の世界

文鳥・夢十夜 (新潮文庫) 「こんな夢を見た」という書き出しで始まる漱石の実験的な短編集が今日ご紹介する「夢十夜」です。今の文学では「ショートショート」と言われるスタイルの多種多様な短編が10個詰まった短編集で、漱石の作品の中でも異色な作品であり、たま~に読み返したくなる中毒性のある幻想的な物語集です。当然夢の世界なので縛りは一切なく、物語では何でもありの自由な空想の世界で、舞台も時代もテーマも全部バラバラです。緻密で自分の内面の世界と世間のズレに葛藤する物語を多く書いた漱石が、全てから解き放たれて自由に描いた物語は普段の漱石の作品とは一味違った作品です。

通常ですとここであらすじを紹介するのですが、10話もある各短編のあらすじをまとめるのは難しいので、ここは先人のお力を借りてWikiのページへのリンクを貼って逃げたいと思います(笑)

私が一番好きな物語は唯一のハッピーエンドである第一夜です。死の間際にいる女性が残した「100年待ってほしい。また会いに来るから」という言葉を信じ、彼女の墓の前で待ち続けた自分の前に現れた美しい白百合の姿に100年の歳月が経っていたことに気が付くという物語です。この物語では女性が主人公である自分とどんな関係であるかは具体的には描かれていませんが多分奥さんだと思われます。女性が亡くなった後に本人の希望に沿って真珠貝で墓穴を掘り星の破片を墓標に備え、死と時の流れを描く描写が幻想的で美しいです。美しく輝く漆黒の瞳から流れ落ちた死を知らせる一粒の涙と、お墓の傍で待ちつける自分に真っ直ぐ伸びる青い茎から気高く咲き誇る白百合の花弁に空から落ちてくる蘇りを伝える一粒の雫。物語の中で自然界の物質が循環し、黄泉がえりとリンクしていることに漱石の工夫が見られます。

この物語の対極にあると私が解釈している物語は第九夜です。3才の子供を背負った貧しい母が突然失踪した侍の夫の帰りを願ってお百度を踏むも、彼は既に死んでいたという物語です。(第一夜と比較すると)一見全く救いがないように見えますが、この物語にはこの物語の良さがあるので誤解の無い様お願いいたします。漱石の描き方も第一夜とは対照的で、幻想的な要素や表現が皆無で残酷な日常生活をありのままに描いています。

大切な女性を目の前で亡くしてひたすら待ち続けて100年後に再開を果たした男に、子供と一緒に侍の夫に捨てられ御百度を踏みながらひたすら待っても夫は別の場所で死んでおり再会出来なかった女。全てが対照的です。こういった対比が各物語の中にふんだんに入れられており、第九夜以外にも同じように第一夜と比較をすることが出来るお話もあれば、類似性を見つけるお話もあります。結果この10個の物語があらゆる糸でつながり、漱石はこの短編集に少しだけ絡まった糸の様な関係性を持たせたと言えるのではないかと思います。漱石が緻密に仕掛けた互換性や関連を読むたびに見つけることが出来る楽しみと、色々な設定の短編がより合わさっているので読んでいて飽きがこないというところが本作の魅力なのだと思います。初めて読む時は普通の短編集の様に感じると思いますが、是非何回か読み返してみてこの作品の魅力にはまって頂ければと思います。おすすめです。

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

  • 作者: 夏目 漱石
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2002/09
  • メディア: 文庫

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