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超ヘビー級小説 フォークナー著「アブサロム、アブサロム!」 [本]

記憶と語りから事実を見抜いていく小説


アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫)約2週間に渡って読み進めた小説「アブサロム、アブサロム!」を夏休みに入ってから一気に読了しました。本作はアメリカ文学重鎮ウィリアム・フォークナーの長編小説で、意識と時間の概念がバラバラの為作品の中で語られている部分が、いつの話であるか、語り手が言っている事は本当なのか、を前後の内容から読み手が判断していくという小説に読み慣れていない人にはかなりきつく、常に頭をフル回転させながら読み進めて行くスポーツの様な小説です。正直結構大変で、2度連続して読み返してようやく内容を理解することが出来ましたが、読み終わった頃には脳みそが痙攣をおこしそうな程ヘトヘトになりました。ではあらすじを簡単にどうぞ。

1830年頃ミシシッピ州のとある街に突然現れた一人の男トマス・サトペン。彼は100マイルの土地を取得し大量の黒人奴隷を使い立派な屋敷と広大な農園を作る。謎が多いサトペンに懐疑的だった街の人達から信用を得る為にコールドフィールド家の娘と結婚し確固たる地位を築き上げる。2人の男女の子供にも恵まれたが時は南北戦争へと突入し、長男ヘンリーが学友チャールズ・ボンを連れてきたことによって、サトペン家は一気に没落への道を転がり落ち始める。サトペンが隠していた過去の出来事と南部特有の人種差別が合わさり、サトペン家の明るかった未来を侵食し、燃え盛る炎になってサトペン王国を崩壊させていく。

この物語は基本的に3人の人間が章毎に入れ替わりながら話しをしていくタイプのもので、その中にトマス・サトペンはいません。ということは、トマス・サトペンから話を聞いた人がその話を自分なりに解釈したり推測してそれを誰かに話していたり、語り手が持つサトペンに対する感情的味付けがたっぷりとされた色眼鏡越しに語られていたりと、同じ出来事を説明しているはずなのに内容がちょっとずつ違っていたりして読み手の心の中に沢山の疑問符が重なって進んでいきます。語り手の話を全部信用してはいけません。当然トマス・サトペンの全てを語り手全員が知っている訳ではないので、Aという語り手の話には登場しないイベントがBという語り手の話の中で登場したりもしますが、厄介なことにその出来事がいつの出来事なのかをそう簡単には分からせてくれません。人間関係も複雑なのでサトペンの血縁関係を追っていくだけでも大仕事です。

ここで登場するのがこのトマス・サトペンとその一族の不幸な歴史の聞き手に選ばれてしまった気の毒なハーヴァード大学生クエンティン・コンプソン君です。トマス・サトペンの唯一の友人だった祖父の話をお父さんから聞かされたり、サトペンの妻の妹でありサトペンの後妻として婚約したものの「とある出来事」によって婚約を反故にし、サトペンに対し強烈な憎悪を持つローザに延々と思い出話につき合わされ、しかも最後は無人のはずのトマス・サトペンの屋敷に誰かが住んでいる気配があるから一緒に確認しに来てほしいとお願いされたりと大変な巻き込まれ方をします。サトペン屋敷で炎と共に封印された時間が動き出す瞬間の目撃者になった後、大学に戻りルームメイトのシュリーヴにこの出来事を話し、解明できなかった部分を2人の想像力をフル動員して補完していきます。トマス・サトペンの息子ヘンリーが希望する、学友で富裕層出身のチャールズ・ボンと妹ジュディスと結婚を何故父が禁止したのか。ヘンリーは家を捨てる程チャールズと友情で結ばれていたはずなのに、いよいよ結婚という時にヘンリーはジュディスの前でチャールズを射殺し、妹を結婚することなく寡婦にしてしまったのか。この謎に果敢に挑むクエンティンとシュリーヴが辿り着いた”サトペンの過去の鍵を握るチャールズ・ボンの正体”と”ヘンリーを凶行に走らせたボンの存在自体にある絶対的エラー”の中に隠れている米国南部にはびこる残酷な価値観に読み手に衝撃が走ること間違いなしです。

アメリカ南部で特に重きを置かれている”強い家族の絆”や”男は女性を守るもの”であり、”女性は強く耐え忍ぶもの”といった南部特有の価値観がこの小説の中で、時には素晴らしい美徳として描かれることもあれば逆に逆らうことが出来ない絶対的ルールとして登場人物達を追い詰めいてく要素になったりと、強烈な日差しの中で咲くマグノリアの花の濃厚な香りと一緒に小説の中の人々と読み手をズルズルと飲み込んでいきます。クライマックスはフラフラと眩暈がするくらいです。特にその香りに深く飲み込まれてしまったのがクエンティン自身で、自分の中に流れる南部の血の濃さとヘンリーに飲み込まれてしまいます。余談になりますが、このクエンティン君はかなり繊細な精神をした青年で別の小説「響きと怒り」の中でこの南部人の血の重さに耐えられず自殺してしまいます(涙)。

とにかく現代アメリカ文学に多大な影響を残した偉大なるノーベル賞作家の傑作長編、読了後の頭をハンマーで殴られたような感覚と著者フォークナーの逆説的南部愛にしびれます。ただし本作は小説の世界の大関クラスの手強さなので初心者にはお勧めできません。ですが、「アブサロム、アブサロム!」の世界に浸れた人はフォークナーの他の作品にも是非挑戦してほしいです。特に前述の「響きと怒り」は挑戦する価値があります。サトペン一族を地獄に叩き落した本当の悪の正体に真夏の戦慄をお楽しみください

アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫)

アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫)

  • 作者: フォークナー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/10/15
  • メディア: ペーパーバック

アブサロム、アブサロム!(下) (岩波文庫)

アブサロム、アブサロム!(下) (岩波文庫)

  • 作者: フォークナー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2012/01/18
  • メディア: ペーパーバック

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