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原爆ドームと折り鶴に願うものとは・・・ [広島で平和を考える旅2017&2018]

この世から戦争がなくなる、なんてあり得るのだろうか?

初冬の日差しを浴びながら平和記念公園を原爆ドームに向かって歩いていきます。その途中に有名な「原爆の子の像」があります。この像のモデルは、資料館の中でもたびたび登場する、白血病で短い生涯を終えた被爆者佐々木貞子さんです。1000羽の折り鶴を折れば病気が治ると信じ、自分の病気が快復する様貞子さんが折った鶴は1000羽を越えても残念ながら病気は治ることはありませんでした。無念の死を遂げた貞子さんの同級生たちが貞子さんをはじめとする原爆で犠牲になった子供たちの慰霊碑を作ろうと呼びかけ募金活動を始めたのがこの像の起源になります。

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世界中から寄贈された折り鶴が飾られています。

この折り鶴が保管されているケースは、ドアが開けられていて、持参した折り鶴を自分で納めることが出来るということを初めて知りました。日本の学校は勿論のこと、世界中の子供達から寄贈された折り鶴の多さに静かに驚きます。

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貞子さんがモデルになっています。

貞子さんは両親の配慮から自分が白血病であることを伝えられてはいなかったそうですが、同じ病気で入院していた同室の女の子が亡くなってことが契機となり、自分の病状を悟ったそうです。資料館には彼女の血液検査結果が残されています。

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水面に映る原爆ドームが静かです

「原爆の子の像」を抜けて更に進むと、遂に原爆ドームがその姿を見せます。この原爆ドームは、ほぼ爆心地にあたり、当時の面影を残す貴重な遺産として世界遺産に登録されています。この光景が目の前に飛び込んできた時、遂にここに来たんだと思いました。
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原爆ドームを見上げます

ドームの周りは一周することが出来、ゆっくりとその姿を見させて頂きました。かなり老朽化が進んでいて、内部には倒壊を防ぐためにかなりの補強材が入っています。この建物を維持管理するのもかなり大変だと思いますが、原爆ドームは「原爆の恐ろしさのシンボル」といて世界中に知られている歴史的遺構でもあるので、これからも大切に保存していってもらいたいです。

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原爆ドームに関する説明の石碑があります

川辺のベンチに座って原爆ドームを眺めながら色々な思いにふけっていましたが、やはり来ることが出来て本当に良かったです。この地で起こったことを知ることが出来て、その記憶に触れることが出来ると、理解が深まります。原爆によって空高く舞い上がった煤が混じって空気中の水分と結合し、焼ける街にそり注いだ黒い雨。原爆の爆発によって生み出された光エネルギーの放出によって建物に残された影の後。すべては常軌を逸した現実がそこにはありました。そしてそんな地獄と化した広島の街で生き抜き、復興を遂げてきた広島の人々の精神的な強さ。すべては人災であるこの一連の流れはずっと先の将来、どのように解釈され評価されていくのでしょうか。2017年のノーベル平和賞は、核廃絶を唱える「ICAN」が受賞しました。しかしながら、彼らが進める核廃絶の条約には米国の核の傘下にいる日本は批准することは絶対にできません。唯一の被爆国が核廃絶の条約に参加できないという事実。それが現実なんですよね。人々が口にする戦争がない世界や世界平和とは実現出来るものなんでしょうか?

色々なことを考えながら今夜のお宿のクラウンプラザに到着です。平和記念公園から徒歩5分と最高の立地にあり、今回の様なスポット観光客には最高のロケーションです。

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ちょっと奥まっていて探せなかった・・・(汗)

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ロビーには既にクリスマスツリーが飾られていました

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お土産もしっかり買って翌日の飛行機で東京に戻りました

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自分用に紅葉饅頭を購入

今回は出張のついでということで平和記念公園周辺しか行くことが出来ませんでしたが、次回は是非呉や駅前、宮島などにも足を伸ばしてみたいと思いました。また尾道から今治までの「しまなみ海道」を通って瀬戸内海の美しい島々を渡って四国に渡るのも良いかなと考えています。今治から松山に抜けて、道後温泉かな(笑)。空から見た瀬戸内海の美しさは格別でした。これまで海外ばかり飛び回っていたので、こうやって日本を巡ってみる旅も良いなと新たな発見をしました。

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