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悲しい物語を喜劇でどうぞ チェーホフ「桜の園」 [本]

時代の流れに乗れなかった人達の悲しい物語


桜の園 (岩波文庫)ロシア版「斜陽」と表現するのがピッタリな作品、ロシアの文豪チェーホフの戯曲「桜の園」をご紹介します。「斜陽」程積極的な没落を追いかけるのではなく、崩壊をありのままに受け入れて矜持を以って一族郎党没落していく様子を喜劇作品として書いた本作は、病で若くしてこの世を去ったチェーホフの遺作でもあります。なぜこんな寂しい話を喜劇にしたのか、実に興味深いです。では、あらすじをどうぞ。

パリで生活していた当主ラネーフスカヤ夫人が5年ぶりに帰宅し、お屋敷の関係者は暖かく彼女たちを迎えかつての輝かしい時代を思い出し懐かしい話に盛り上がり数日を過ごす。しかし現実は屋敷も領地も抵当に入れ、借金まみれでもはや生活も成り立たない程生活苦に陥っているにものにも関わらずその現実を誰一人直視しようとはしない。そんな夫人の姿を見ていられない青年実業家のロパーヒンは、愛する夫人を救うべく、領地の「桜の園」を別荘地として貸し出せばあっという間に借り手が付き生活苦から抜け出せると説得するのだが・・・。

一つの屋敷に関係ある色々な身分の人が自分の立場から考え行動し、一人一人の心の中にある「絶望と希望」が最後まで混在し人々は始終オロオロしっぱなしです。どちらか一方の感情に捕らわれることもないので人生を擲ったり、逆に我が世の春を謳歌する登場人物もなく、最終的に”勝ち組”になる青年実業家のロパーヒンですら成功の味と愛する人を救えなかった哀しみに憑りつかれています。家族を捨ててパリの愛人の元に走ったものの全財産を搾り取られ、それでも懲りずに浪費癖が治らず娘に相続されたお金を着服して再度愛人の元に行こうとするラネーフスカヤ夫人。無知と希望から新しい生活の始まりに期待を持ち、目の前に待つ生活苦が全く見えない世間知らずのアーニャ。生意気で自分の居場所はこんな田舎ではなくパリだと信じている小間使いのヤーシャ。多種多様な登場人物達の行動からいかに人間がダメな生き物かをチェーホフ的愛情をもって見守り堪能出来る作品です。

チェーホフという人はこれまで「長編命!物語は長ければ長いほど良い!」という風潮があったロシア文学をあっさりと覆し、短編小説と戯曲で何も事件が起こらない中で人間の内面の活動にフォーカスを置いた作品を書いた文学界の革命児です。その分読み手や演じ手のリテラシーを求めてくるので、最初のうちは気が付いたら話が終わって結局何が言いたかったのか分からなかった、なんてことにも陥りがちだったりします(笑)

日本には幸いにも皆が学生時代に一度は読むであろう太宰治の「斜陽」があるおかげで、この「桜の園」は雰囲気もつかみやすく、多くの日本人にとって理解しやすい作品だと思います(感情の錯綜と調和の部分では少し違いがあります)。太宰とチェーホフ、一見なかなかのネガティブなコンビネーションですが、実は人間味があったりするので個人的に好きですね(笑)。

ストーリーの最後にこの屋敷に長く奉公した87歳の老従僕のフィールスが屋敷に取り残されるシーンがあります。彼はまさに古い時代所謂帝政ロシア時代を象徴した人であり、この屋敷から動けない人物です。そんな彼は自分に向かって「人の一生、過ぎれば、まこと生きておらなんだも同然じゃ」とこぼします。チェーホフは嵐のように過ぎ去った一つの時代とこれから来る新しい時代をここで表現したかったのかなぁと感じます。新しい時代の前にはどんなに輝かしい時代でも過去は過去。桜の木が切り倒されるように無慈悲に過去を断ち切って新しい時代へと進む時間の流れを具現化することによって、かつて人間嫌いと言われたチェーホフが最後に残した人間の前へと進む可能性に対するポジティブさを感じずにはいられません。

桜の園 (岩波文庫)

桜の園 (岩波文庫)

  • 作者: チェーホフ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1998/03/16
  • メディア: 文庫

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