組織の中で精一杯信念を貫く「辺境のオオカミ」 [本]
知力、体力総動員で生還を目指す!
今日ご紹介するのはこれまで紹介してきたイギリスの児童文学作家ローズマリー・サトクリフの”ローマン・ブリテンシリーズ”の最終編「辺境のオオカミ」です。物語の時系列で行くと主人公がスコットランド地方の部隊に配属されることから、「銀の枝」とローマ軍のブリテン完全撤退を描いた「ともしびをかかげて」の間でしょうか。これまでの3冊とは少し違うテイストで番外編の要素が強いシリーズ最後の一冊のあらすじをどうぞ。
ローマ軍の部隊で軍規違反を犯し、多くの命を犠牲にしてしまった主人公アレクシオスは帝国の辺境スコットランドの部隊、通称「辺境のオオカミ」に左遷される。部隊は土着の氏族やローマ人などの混合舞台で習慣も習わしも全てがこれまでアレクシオスが見てきた部隊とは違っていた。優秀な副官達のサポートに助けられて徐々に部隊に溶け込んでいくも、北から忍び寄る不穏な気配とローマ軍の怠慢によって辺境のオオカミ達は大きな混乱に巻き込まれていく。
これまでの3作はどれも運命に翻弄されローマ軍から抜けることになった主人公達が強い信念と行動力、そして友情(時には愛情)によって、自分が活きる道を見つけて人生を動かし始める”個人”の物語でしたが、この「辺境のオオカミ」は趣向が違い、組織という制約のある中、軍人として如何に”正しい”選択をしていくか模索の連続の物語になっています。
主人公アレクシオスの美点の一つであり、その能力で最後は部隊を滅亡の危機から救うことになる彼の柔軟性と順応性は、色々な人々が集まった組織に溶け込み、自分を支えてくれる部下達に受け入れられる大きな手助けなったばかりでなく、地元の氏族とも信頼関係を築き友情を育てます。このオープンマインドの精神は現代社会のサラリーマンにも必須ですし、アレクシオスにとって左遷先は別世界同然なので、知らない世界に突然飛ばされるサラリーマンと同じ境遇だと思うと何だか親近感を感じます。
しかしながら、北方の不穏な気配を感じつつも既に肥大化による機能不全を起こしているローマ軍は嵐の兆候を見逃してしまい、アレクシオス率いる辺境のオオカミ達は命がけの撤退をする羽目になります。アレクシオスにとっては北方を監視する役目として事前に上層部に通報していたのにも関わらず、確証が無いということで訴えを取り上げない軍の中で組織のありように限界を感じていた中での2度目の命がけの撤退(敗走)となり、今回の撤退では部隊のメンバー達と知恵を出し合い迫りくる敵から生還を目指し全力で逃げ続けます。その最中、現地の氏族の族長であり一番の友人でもあったクーノリクスと一騎打ちの場面を迎え、お互いに友情よりも立場という重要なものを選んだ一人の人間として対峙する場面は印象的です。
この作品には勝利がありません。物語の初めで大敗を喫したアレクシオスにとって戦で勝つこと=生きのこることであり、敗戦はすなわち死を意味します。例え勝利があったとしてもその代償が大きく決して手放しで喜べるものではありません。軍人として、人として組織の中で生きるにはどんな勝利よりも辛酸を舐める機会の方がずっと多いです。このアレクシオスの人生がそうであるように・・・。
これまでの3部作は個人として生きる道を追求した物語でしたが、今回の作品は「組織の中の個」というテーマでこれまでの作品とは大きく違っています。勿論圧倒的な描写力や心象風景を描き出すサトクリフの筆はこの作品でもいかんなく発揮されています。しかし本作の魅力は過去三部作のような自由がなく、組織の中の一人として動ける範囲が限られた中で如何に”個”を発揮するかという少し大人な内容になっています。物語の中に出てくる理不尽さも軍のそれと現代社会のサラリーマンのそれと全く同じですし、児童書を読む年齢の子供達よりも、組織の中で頑張る人達こそ共感することが多いのではないかと思います。ヒーローを描く物語も良いですが、全員がそうなれないのも事実。ヒーローではなく組織を動かす人にぜひ読んでほしい作品です。ローマン・ブリテンシリーズの中で随一のビターな味付けの作品です。他の作品同様児童文学にしておくのは勿体ない素晴らしい作品です。おススメです。
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