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ローマン・ブリテン四部作の第一部「第九軍団のワシ」 [本]

アクイラ家の物語(サーガ)の始まり


第九軍団のワシ (岩波少年文庫 579)”望む物は手に入れることは出来なかったけれども、その過程で得たものにはそれ以上の価値がある。”そんな熱いメッセージを込めて書かれた英国の児童文学「第九軍団のワシ」を今日はご紹介しようと思います。この本は著者ローズマリ・サトクリフのサーガ”ローマン・ブリテン”四部作のシリーズ第一作目にあたる作品になります。ちなみに一番評価が高い三作目に当たる「ともしびをかかげて」は既に紹介済みです(レビューはコチラ)。では早速、ローマン・ブリテンシリーズの幕開けとなる「第九軍団のワシ」のあらすじをどうぞ!

若くして筆頭百人隊長で司令官になった生粋のローマ帝国軍人マーカスは、任地イングランドの地で敵と激しい戦いによって右足を負傷し除隊する。叔父の家で治療中に奴隷のエスカの命を助けたことが縁となり、エスカとマーカスは徐々に信頼関係を構築していく。そんなある日、叔父の元を訪ねてきた軍高官からマーカスの父がかつて指揮しそのまま行方不明になった第9軍団のシンボル「ワシ」が遥か北のスコットランドで敵の手に落ちたことを聞いたマーカスは、ローマ帝国を脅かすものとして使われることを阻止すべく「ワシ」奪回の旅を志願する。ワシの奪還と父の軍団、第9軍団の再編成という夢を胸にマーカスは友人エスカと共にスコットランドへと厳しい旅に出る。

かつて自分の父と共に謎の失踪をした第九軍団。その軍団が掲げていたローマ帝国軍の象徴である稲妻を掴むワシのエンブレム・・・。ローマ帝国の力の象徴だった「ワシ」が将来自分達を脅かす存在として使われる前に敵から取り戻すことはマーカスにとって父の身と軍団に何が起こったかを知ることが出来る唯一の方法であり、危険な敵地に行くという行為は除隊したマーカスだからこそ出来る”元”ローマ軍人としての誇り高い忠誠心からの行動ですが、旅の途中で知ることになる第9軍団の悲劇はマーカスの予想を大きく裏切ることとなります。そしてその苦しみにどうやって向き合い克服していくかが物語のテーマになっていきます。

そして児童書に相応しく素晴らしい友情物語の側面もあります。軍人家系の生粋のローマ人のマーカスと、そのローマ帝国軍によって滅ぼされた部族の長の息子で奴隷へと身を落したエスカ。運命の糸に手繰り寄せられた対照的な2人の身分を越えた強い絆は、友情の前には身分も民族も関係ないということを分かりやすく伝えてくれます。また、かつてはローマ軍に所属しながらも生きるために軍を捨て地元の部族の人達と生きる道を選んだ元ローマ兵グアーンという異端のローマ人が人生の選択について色々と考えさせてくれます。登場人物全員が「ワシ」に人生を大きく影響を受けた人々であり、その「ワシ」によって齎される逆境の中でも顔を上げて前へひたすら歩いていく強い心の持ち主ばかりです。

マーカスとエスカが旅をし、逃亡する舞台となるスコットランドの自然描写はサトクリフの真骨頂です。サトクリフ自身は車椅子生活でしたが、持ち前の想像力と徹底した取材でまるでその光景が目に浮かぶような素晴らしい映像を文章の中に描き出していきます。森で身を隠すために飛び込んだ狐の穴ぐらに充満する狐の匂いで気分が悪くなったり、植物の棘で体中切り傷だらけになったり、何か不吉な出来事を運ぶかの様に降ってくる霧雨、足元に広り徐々に自分達を飲み込んでいく湿地帯の霧等、現在のスコットランド、ハイランド地方の雄大な自然は美しくも時には主人公たちを存分に苦しめてくれます。

幾多のピンチを乗り切ったマーカスとエスカですが、マーカスが望んだ父の名誉の回復も第9軍団の再編成も結局は叶うことはありませんでした。しかし、マーカスとエスカにとってそれ以上にこの旅で得たものは多く最後にローマ帝国からもご褒美が出ます。このご褒美でマーカスはこの地で生きることを決め、そして子孫達が時代に翻弄されながら物語を紡いでいくアクイラ家のサーガが始まります。そしてこの物語で闇に葬られた「ワシ」は次作「銀の枝」で時を越えて再登場しますのでご期待ください!

とても印象的だったシーンを最後に一つ。物語に「レテ(忘却の川)の水を飲んだ者は、もう後戻りはできない」というセリフが登場します。”レテ”や”レテの地”とは日本で言うところの”あの世”に該当するもので、三途の川を一度渡った者は決して戻れないという意味のセリフになります。生物学的な死だけではなく、存在や価値を捨てた人間も元の世界には戻れないという悲しい現実を意図しています。この表現が物語中2回出てくるのですが、実にピッタリとくる表現で読み手の心にグサッと刺さるサトクリフのレトリックに脱帽です。サトクリフの作品は本書を含めてほとんどが児童書なんですが、もはや児童書のレベルを超えた立派に大人向け作品としても十分に通じるレベルの完成度の高さで、読んでて色々と考えさせられます。割り切れない思いをいかに割り切って次に進むか、そして最後まで決して諦めない強い心の大切さに改めて気づかせてくれる夢と冒険と友情物語がギュッと詰まったとても素敵な作品です。冒険物語が好きな方は是非読んでみてください。おすすめです。

第九軍団のワシ (岩波少年文庫 579)

第九軍団のワシ (岩波少年文庫 579)

  • 作者: ローズマリ サトクリフ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2007/04/17
  • メディア: 単行本

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