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イスラム建築の偉大な父の物語 夢枕獏「シナン」 [本]

偉大なる建築家の波乱に満ちた一生


シナン〈上〉 (中公文庫)今日は夢枕獏さんの著書「シナン」をご紹介したいと思います。この「シナン」というタイトルは物語の主人公ミマール・スィナンというイスラム建築の大家からとられています。彼はヨーロッパで言うところのガウディと同じ偉大なる建築家で、現在のモスクのスタイルを確立しました。そんな彼の人生で建築家として活躍を始めたのは50歳を過ぎてからで、それ以前は皇帝直属部隊イェニチェリに所属し戦場を転戦して歩く人生でした。実に興味深い彼の人生を夢枕獏さんが描いた物語がこの「シナン」です。では、簡単にあらすじをご紹介したいと思います。

小さい頃から不思議な感覚を持っていたシナンは青年になってイエニチェリになる為にイスタンブールに行くことになる。途中で友人となったハサンと二人でスレイマン大帝が治めるオスマン帝国で戦場を転戦しながら2人は徐々に出世していき、ハサンは武人として、シナンは設計家としての才能を開花させていく。そして帝国の筆頭建築士になったハサンは「アヤソフィアを越えるモスクを作る」という夢に向かって遂に動き出す。

シナンはデヴシルメ制度(キリスト教徒の男子を徴兵し、イスラム教徒に改宗し兵士にする制度)によって徴兵されオスマン帝国の首都イスタンブールに行きます。そこで憧れの建物アヤソフィアを訪れたもののその建物から神の存在を感じることが出来ず、いつか偉大なアヤソフィアを越えるモスクを作りたいと思うところからスタートします。神の存在について深く考えたりする思考重視型のシナンに対して、同じくデヴシルメで徴収されその後友達となるハサンは武闘派で、抜群の政治的バランス感覚を活かして順調に出世していきます。静のシナンに動のハサンの物語は実に面白いです。

シナンが生きた時代はオスマン帝国の最盛期と言われる壮麗王スレイマン大帝の治世であり、名宰相イブラヒム・パシャがその前半の治世をサポートしました(ハサンはイブラヒムの親衛隊となり昇進を重ねていきます)。そのイブラヒムの最大のライバルにが皇帝の妃でありヒュッレムの愛称で親しまれているロクセラーナです。スレイマン1世の愛情を盾にイブラヒムと宮中で壮絶な戦いを繰り広げます。この戦いが本当に壮絶で、シナンとハサンもこの二人の戦いに巻き込まれ災難に見舞われてばかりです。実はこのイブラヒムとヒュッレムは切っても切れない縁で結ばれています。2人共元奴隷でイブラヒムはその才覚で宰相まで上り詰め、ヒュッレムはそんなに美人ではなかったものの魅力と回転の良い狡猾な知性で皇帝の寵愛を受けて正妻の地位を獲得します。そしてこのヒュッレムをスレイマン1世に差しだしたのがイブラヒムなんですね~。かつての主従関係がいつの間にか宮廷を二分する勢力の頭になるのです。

政治的な話はおいておいて、この時代はヨーロッパではルネサンス時期に当たり、ダ・ヴィンチや宗教改革をルター、そして小説にも登場しシナンに大きな影響を与えるミケランジェロ等が生きた華やかな時代です。シナンも職務でヴェネツィアに滞在中ミケランジェロと交友を深め、偉大な芸術家から芸術における神の存在のあり方や芸術とは何かといった議論を通して多くのことを学びます。ミケランジェロとシナンは1つのジャンルに限定した天才ではありません。シナンは現在も使用されている水道橋の修復や戦場での戦船の設計から制作まで担当していますし、モスク専門の建築家ではありません。帝国筆頭建築士になってからも多くの建造物を幅広く担当し制作し、最後は目標であったアヤソフィアを越える「神の存在を感じることが出来る」モスクを建設します。シナンが物語の中で手掛けた建造物は現在トルコで見ることが出来ます。最高傑作と言われるエディルネ(旧アドリアノープル)に建てられたセミリエ・ジャーミィや、皇帝スレイマン1世の為に作られたスレイマニエ・ジャーミィ(シナンもここに眠っています)等当時のままで残されており、広く観光客に開放されています

物語では当時の文化や政治的な思惑や駆け引きなどにハサンとシナンは揉まれつつ、人々の色々な秘密を内包し進んでいくのでページを捲る手を止めることが出来ません。読みやすい文体で物語の最後にセミリエ・ジャーミィにある「逆さチューリップ」の秘密に絡んだ素敵なサプライズが用意されていますし、私達の生活には少し距離を感じるイスラム教の世界の入門書としても最適な作品なので、興味がある人は是非読んでみてはどうでしょうか。オスマン帝国最盛期の政治や諸外国の思惑、宮廷内のドロドロの戦いに誰もが抱えている秘密・・・。俗世の濁流の中でシナンが一人清く神の世界を求めて歩く人生はとても刺激的です。ちなみにヨーロッパではこの時代をテーマにした長編ドラマが大流行したそうです。残念ながら日本語版は無いようなんですが、YouTubeで英語版でも探してチャレンジしたいと思います。「シナン」を読めば貴方も気分は「飛んでイスタンブール」間違いなしです!

シナン〈上〉 (中公文庫)

シナン〈上〉 (中公文庫)

  • 作者: 夢枕 獏
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/11
  • メディア: 文庫


シナン 下 (2) (中公文庫 ゆ 4-6)

シナン 下 (2) (中公文庫 ゆ 4-6)

  • 作者: 夢枕 獏
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/11
  • メディア: 文庫

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