青春小説とグラース一家の物語：とりあえず、やるっきゃないでしょ！：SSブログ

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青春小説とグラース一家の物語　[本] [編集]

サリンジャーと言えば・・・

アメリカ文学で有名な作品は？という質問の答えに必ず名前が上がるのが、F・S・フィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」と、J・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」ではないでしょうか。「グレート・ギャッツビー」ではジェイ・ギャッツビーのアメリカンドリームと愛と執念の物語を、そして「ライ麦畑でつかまえて」は、退学処分になったホールデン・コールフィールドが家に帰るまで、真冬のニューヨークの街を流離う三日間を描いた物語。両作品とも世界的ベストセラーで読んだことがある人も多いと思います。

今回は「ライ麦・・・」の作家サリンジャーの別の作品で、サリンジャー作品の中で私が一番好きな作品「グラース・サーガ」と呼ばれる、グラース家の7人兄妹の物語を書いた短編をご紹介します。

通常一つの家族を描いた物語は長編作品として発表されるのですが、このグラース家の物語は複数の短編からなるシリーズ物で、作品を読んでいくうちに家族構成や、一家に起こった事件などが徐々に明らかになるパズル的要素を持った作品で、文体もとてもお洒落で知己に富んだもの。とても「ライ麦・・・」と同じ作者の作品とは思えないほどです（失礼）

グラース家の家族構成は、長男のシーモアから末妹フラニーまでの男女7人兄妹で、7人全員がラジオの人気クイズ番組「これは神童」で素晴らしい成績を残している秀才ばかり。特に長男のシーモアは東洋思想の影響を受け、彼の高潔な精神世界と全ての人と世界へ向けられる優しさは、6人の兄妹に多大な影響を与えているのですが、多くの天才がそうである様に彼も「バナナフィッシュにうってつけの日」という作品で、新婚の奥様の隣のベットで拳銃自殺をしてしまいます（あぁ、残念）。

この事件を切っ掛けに、シーモアのすぐ下の弟バディ（小説家）が主人公や語り手となって家族のことを描いた作品が「大工よ屋根の梁を高くあげよ」と「シーモア序章」の2作品（「大工よ・・・」ではシーモアの結婚式で、新郎不在というとんでもない結婚式の顛末を描いています）。そして一番下の妹フラニーが、恋人レーンとの食事中に彼の価値観や考えの違いから少しずつ話が噛みあわなくなり、純粋すぎるフラニーの心と頭がパンクし、倒れてしまう物語「フラニー」。その後、傷心で家に帰ってきたフラニーを慰めるすぐ上の兄ゾーイーとフラニーの会話を描いた物語「ゾーイー」。「ゾーイー」では俳優という職業のゾーイーが、自意識や理想と現実の狭間で苦しむフラニーを慰める為に、ゾーイー自身が同じ苦しみを感じていた頃にあった長兄シーモアの出来事を話し、フラニーを迷いから救い上げるまでが描かれています。特に「ゾーイー」は、思春期ど真ん中の悩み（例えば世の中の汚さや、欺瞞や虚栄心）をいかに克服するかを扱った作品であり、自分一人が悩んでいると思いがちなこれらの精神的問題を、誰もが経験し克服していくものだということをフラニーに語る、ゾーイーの毒舌エスプリの効きまくった慰めの言葉と共に一読の価値ありです。

この「グラース・サーガ」、残念ながらサリンジャーの死によって永遠に完結することはなくなってしまい、シーモアの自殺の原因もグラース一家のその後も謎のまま・・・（涙）。本当に残念でしかたありません。しかし、これらの青春物語を作ったサリンジャーは天才ですね。大人になっても現実社会と理想の間で苦しむ思春期の心の内側を描けるだなんて信じられません・・・一体どれだけ感受性が強い人だったのでしょうか。作者サリンジャーは変人ちょっと変わった人としても有名でしたし、人生の後半は世捨て人のような生活していたとも言いますし、サリンジャー自身もフラニーの様に、社会と上手く折り合いをつけることが出来なかったのかもしれませんね。そう考えると、平々凡々で生まれてきて良かったなと思います（苦笑）

「ライ麦・・・」のべらんめい口調と赤裸々でストレートな内容で火傷した読者には、サリンジャーの本当の作家としての実力をいかんなく発揮したこの「グラース・サーガ」を読んで欲しいと思います。特に難しい年頃のお子さんをお持ちの親御さんにはピッタリかもしれませんね。子供が何を考えて苦しんでいるのか、自分も経験したはずなのに思い出すことも出来ないし、理解することが出来ない、そんな八方塞の状態から抜け出せるヒントがたくさん詰まっていると思いますし、何より読み終わった後にお子さんにあげると、きっと何かしらの反応があると思います。

ちらっと調べてみたら、爆笑問題の太田さんも「フラニーとゾーイー」を”人生を変えた本”に選んでいますね。確かにガツンとやられる、一冊です。（「バナナフィッシュにうってつけの日」は、短編集「ナイン・ストーリーズ」に収録されています。）

フラニーとゾーイー (新潮文庫)