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彷徨える砂漠の街「楼蘭」 井上靖短編集 [本]

西域ものの短編小説の傑作「楼蘭」


楼蘭(新潮文庫)前回に引き続き、井上靖の西域ものを本日もご紹介します。前回は長編作品「敦煌」でしたが、今回は短編集「楼蘭(ろうらん)」です。一冊に合計12作品が掲載されていて、表題にもなっている西域ものの短編集の白眉「楼蘭」を筆頭に、明智光秀の織田信長を打つまでの心理を描いた「幽鬼」や、中国絶世の美女・褒姒の笑顔をモチーフにした「褒姒の笑い」、観音様が住むと言われる補陀落を目指して海を渡り、死後補陀落に行くという僧侶の苦悩を描いた「補陀落渡海」など、色々な短編が収められています。時代も紀元前から作者の体験を描いた昭和初期頃までとかなり広い時代が描かれています。

今回取り上げる短編は文頭をかざる「楼蘭」です。この小説は私にとって非常に懐かしいものです。その理由は中学か小学校の国語の教科書に「彷徨える湖ロプノール」という短編があり、楼蘭は砂漠を移動するロプ湖の湖畔の街として登場します。その話を今でも鮮明に覚えているほど楼蘭とロプノールに魅了されたものでした。井上靖のこの短編のテーマは楼蘭の盛衰を描いたもので、大国の間に挟まれた小国である楼蘭国が常に大国の政治に影響を受けながらも美しいオアシスの街として繁栄したものの、国が生き残る為泣く泣く新しい場所へと街ごと引っ越しをすることにならざるを得なかった無常さ。そして”いつか変えるべき場所、楼蘭”という思いの強さも、年月と大国同士の覇権を争う戦いの地となった楼蘭は要塞と化し、そして美しい湖ロプノールも楼蘭を見捨てるかのようにゆっくりと移動をしていき、湖はなくなり楼蘭は見捨てられた街として砂漠の砂の中に埋もれていくまでのお話です。

楼蘭が歴史から静かに姿を消した後、敦煌と同じように1900年にその史跡が発掘されます。そしてそこには「楼蘭の美女」として名高い女性のミイラが発見されています。埋葬されたのは今から3,800年前で、エジプトの様な防腐処理をされたものではなく、砂漠という環境で自然乾燥された身体は着ているものから髪飾り(羽飾り)や下着まで完全に乾燥された物です。発見当時は真っ白の肌とその堀の深く気品に満ちた顔付は生前、さぞや美しい女性だったであろうことが分かります。「楼蘭」ではこの女性を若くして夫を亡くした王妃として登場します。その後の発掘調査で彼女は楼蘭から移動され、その美しい白い肌は外気に触れたことで黒く変色し、その美しさをいくらか削がれてしまったのが残念でなりません。いくら美女とは言ってもミイラなので写真は掲載しませんので、興味がある人は「楼蘭の美女」でググってみてください。それから同時期で楼蘭近くから発見された「小河美女」のミイラも美しいです。彼女は20才そこそこで埋葬されたようで、長い睫と高い頬骨等その美しさは損なわれることなく悠久の眠りについています。

短編集の良さは、一つの作品が短いために移動時間で読み終えることが出来るものが多いということです。連作になっているものもあれば、時代も国も場所も変わって新しい物語が始まることもあります。本書の場合、西域を舞台にしたテイストが全く異なる短編が「楼蘭」「洪水」「異域の人」「狼災記」と4作品あります。最後の「狼災記」は少し毛色が違いますが、それ以外はどれも関連性があるので、4つの作品の関係性を考えたりと短編集ならではの楽しさがあります。

砂漠の中で強く生きる人々をそれぞれの立場から描いた3作品(「楼蘭」~「異域の人」まで)は、大国の政治情勢によって生き残ることが出来なかった不遇の街・楼蘭の滅亡を、「洪水」では漢人として洪水という大災害に一度だけ勝つことが出来たものの、やはり最後は同じ自然の力の前に斃れた男の物語を、そして「異域の人」では、少数民族との共存を成功させた肝心の役人が長い西域での勤めを終えて都に帰京すると、漢の人間なのにもかかわらず「胡人!」と子供達から差別の掛け声をかけらる程、西域の人々の影響を受けていたことを知ることを描いています。しかし彼はそれを差別としては捉えず、長い時間を過ごしたことによって得た知識と同じように誇れるものとして受け入れます。どれも素晴らしい短編ですが、作者は最後の「異域の人」で”人間は民族の壁を越えることが出来るのではないか”と訴えているように感じました。

他にも興味深い短編が沢山収められている短編集「楼蘭」。どれも読みやすい短編集で内容も充実していますし、なんといっても井上靖の読みやすい文章は少々難解な歴史ものをも素直に読ませてしまう力があるので、普段本を読まない人でも挫折することなく読破することが出来ると思います。色々なところに題材をとった短編集、手に取ってみてはいかがでしょうか。前回紹介した「敦煌」へとつながっていく作品でもありますので、中国史やシルクロードに興味がある人は「敦煌」とセットで読むことをお勧めしたいと思います。

楼蘭 (新潮文庫)

楼蘭 (新潮文庫)

  • 作者: 井上 靖
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1968/01/29
  • メディア: 文庫

敦煌 (新潮文庫)

敦煌 (新潮文庫)

  • 作者: 井上 靖
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1965/06/30
  • メディア: 文庫

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